ストーリー
個人的な被害者意識に過ぎないようでも歴史的に敷衍してみせることさえ出来れば立派な自虐史観となるようで、それを成り立たせるためには自己同一化の運動のように取り込んでいく、他者とは見做さず恐らく自らと同じであるかのように観えるにすぎない臆測をリアルに捉えるのは、恰も悟るが如くのかの境地。
ある仏典によると、
無から生じるものは無でしかないとの数論派の弟子に対し釈迦宣く、
真であるのは有から生じる、無になるものと有になるもの2種類ある。
数学ならゼロに何を掛けてもゼロになるが、ゼロは有るとも無いともいえる。
ゼロ以外の数を掛ければ、ゼロ以外になる。
光が物を照らすので有る、それを観る観測者がいるから有るのなら中心のない自由なオープンワールド、個が自由に行動する足跡は気が付けばストーリー仕立てのスクロール型。
釈迦の掌の上かのように。