無理
無理というのが大嫌いである!という自称宗教家の話を聞くことがあって、妙に印象深く残りました。
神仏の前で無理というのは有り得ないとのことらしいのですが。
反面、無理ゲー社会という話もあるようで、フロム系ゲームなどを現代社会に投影したのでしょうか。
先天的な反射神経などがないと何度トライしてもクリア出来ないSEKIROのように、レベルアップという概念を排除し、己のテクニック向上だけが赦される世界がリアル社会かのように。
実のところ能力主義極まれりのくせ、世界平和や人類皆救済だの連発したがるスカスカの発言ばかりが尊く歩む道。
なんて重苦しく考えるより、昨年から毎日弾いてるショパンop10-1がいつまでたっても弾けなくて、無理ゲーならぬ無理難曲。
普通は3ヶ月位で仕上がる曲を弾くと良いのでしょうが。
3ヶ月で弾けるレベルの人もいれば、一生涯練習レベルで終わる人もいる。
どちらも与えられた運命を受け入れるのが宗教家の観念を満足させるところ、信じる者は救われるとよく言うように。








